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第9回の報告

​2023年12月2日(土)
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​本日のスケジュール

1− 開会の祈り           

2− 25分スピーチ (江波戸 啓悟さん)

       〜テーマ :80歳代を如何に生きるか

3− 「信仰に根ざした80歳代をいかに生きるか」をテーマに皆で話し合います  

4− グループに分かれて祈り合う (15分)  

     〜終了後、再度全員で集まります〜特別なトピックスがあれば報告して下さい

5− 閉会の祈り 

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日立市伊師浜海水浴場(日立市ホームページより転載)
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(1) 江波戸 啓悟さんの人生の歩み

え ば と       け い ご
 江波戸 啓悟 1914年1月 生まれ(84歳)           
                     
日立市在住。瓜連(ウリズラ)キリストの教会所

 東京都荏原区豊町5丁目94番地が、出生地です。当時は戦争中で、3歳ごろでも呪文のように出生地を言えました。 東京も空襲で危なくなり、父は長男を残し、母と子供たちは千葉県に疎開させました。 しかし東京の大空襲で、父は右腕を失う大怪我を負い、半生をかけて築いた家財産を失いました。負傷した父は、将来のある息子でなくてなくてよかった…と母に語ったそうです。

 

 

   旭市に家族の安住できる店舗付住宅を建て上げ、安堵したのか、42歳の若さで亡くなりました。お葬式では、棺の前に、私達6人兄弟は歳の順に正座したのですが、末っ子はまだ乳飲み子で母に抱かれていました。長男は17歳の高校生で、私は3男の小学4年生でした。私は、子供心にも、命あるものは終わりがあるのだとの強烈な原体験が父の死でした。

 中学を卒業し父の友人が経営する工場に就職し、野球の強かった銚子商業高校の夜間部に通いました。その後、上京し、両国で昼はアルバイト、夜は世田谷にある産業能率短期大学に入学しましたが、その頃、人生問題で悩みました。生きる意味、何のために生きるのか?

 ある日曜日、導かれるままに、本所緑星教会を訪ねました。受付では牧師夫人が素敵な笑顔で迎えて下さり、青年会の一員となりました。教会では、ミス・ケラマン宣教師と広野夫人が通訳下さるバイブルクラスに参加すると、若者4,5人のために、熱心に毎週教えて下さいました。多感な青春時代、献身者の真摯な生き方に感化を受け、主を信じることができました。

 

 大学の図書館で、「近江の兄弟」なる本を読み、ヴォーリス先生と兄弟方の始めた青年会やメンソレタームの、近江兄弟社に憧れました。 私も信仰を基にした会社を作りたい望みが芽生えました。

 まだ独身の24歳ごろ、ある社長の好意で、下請工場を始めることができました。念願のライト兄弟社の始まりです。3年後、親会社が栃木県おもちゃ団地に進出し、私達も一緒でした。団地に200坪の工場を建て規模は拡大しました。

 

 

 

 

 

 その頃、おもちゃのまちに開拓伝道を始めたステンフェルト・アイリーンご夫妻に、ハンディある従業員ともどもお世話になりました。生涯の大半を日本の伝道に尽くされご夫妻は、母国スウェーデンに帰国されました。 或る日、私は、スウェーデンのご夫妻を訪ねた夢を見ました。先生は忙しそうで、明日、天国に行かれるとおっしゃるのです。

 私は驚いて、「それはみ心ですか?」と尋ねたら目が覚めました。あまりにリアルでしたので、先生に手紙でその夢を知らせました。すぐにご返事があり、その時刻、ご夫人が心臓発作で、緊急入院し手術を受けて危機を脱したそうです。まだ天国に行く前に時間が与えられましたから、是非、スウェーデンで楽しい再会を果たしたい…とありました。

 そこで、先生が伝道された地や、関りの方々をビデオにとり、オーロラのツアーを利用して、先生の所で一泊の訪問を果たすことができました。先生の伝道された処の映像をご夫妻は涙でご覧になり、私と妻も忘れえぬ思い出となりました。

 

 

 70代に妻は認知症が発症したので、心優しい末っ子の住む日立市に転居しました。ギデオンの繋がりで、教会に温かく迎えられ、神の家族を実感できました。新たに出会ったクリスチャン有志と共に「福祉カフェ」など始めて、主にある活動は広がりました。吾朗さんのご配慮で、「福祉カフェ」は「カレブの会」の支部として下さり、皆さまとつながれたのは感謝です。

 宇都宮で、小川吾朗夫妻との出会いはVIPの集会からでしたが、親しいお交わりにあずかり、大きな恵みを頂いて現在に至っております。

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前列右が長男で左が3男の私です。
私の後ろが4男で末っ子に向かって背が高くなっています。
近江兄弟社:1910年設立、
1920年外⽪⽤薬(現‧近江兄弟社メンターム)を輸⼊販売

 
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現在のおもちゃの町:おもちゃのまちサイトから転載
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江波戸ファミリー

  妻が認知症で言葉を忘れたため、家族の名前を復唱用に書きました。
​   コロナで面会が途絶えたあと、言葉を失いましたが、

息子の名前だけ言えたことが、とても印象に残りました。

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(2) 江波戸 啓悟 さんのメッセージ

〜80歳代を如何に生きるか
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 私は今年、84歳になります。 少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず…この漢詩を中学校の教科書で読んだ時、身の引き締まる思いでしたが、本当に歳月は矢のように過ぎさりました。 もうこんな歳か!と自分で自分の歳に驚いています。

 栃木県、おもちゃのまち教会で、親しかった3人のメンバーも、この年齢ぐらいで旅立ちました。 でもパートナーの女性方はお元気ですね。 私もまだ動けますし、車も運転できます。

 神さまは、この歳まで健やかに生かして下さるのは、まだ私に為すべき事が有る印、だと思っています。

私には長年、想い描いていた夢があります。 

「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むとは,なんという幸せ,なんという楽しさであろう」詩篇133:1

このクリスチャン共同の住まいです。

 

   一昔前、昭和の歌姫、三人姉妹と言われたのは、美空ひばり、雪村イズミ、江利チエミでしたね。その江利チエミが、衝撃的な死に方をしたのを、ご記憶の方もおられるでしょう。

当時独り暮らしだった彼女はお酒を飲んで帰宅し、そのままベットに寝ましたが、夜中に嘔吐し、それがノドに詰まって窒息死したのです。 この事故は、一人暮らしの人達にはショッキングな出来事でした。

 都会でも高齢者の一人暮らしが増えています。 高齢になると、いつ何が起こるか分からない。

まだ健康であっても、つまずいて転ぶ、ぶつかるなどチョットした事故から、心臓発作や脳血管障害で倒れることも有る。 一人暮らしの事故で、最悪のケースになるのは、お風呂、入浴中が多い。

 入浴中に気を失うと、そのまま風呂の中にいるので、見つかったときは溺死というケースが多いと言われます。 それで、私も一人暮らしなので、何かあったときの連絡は、近所に住む息子に、連絡の携帯電話を、いつも手元に置くよう心掛けています。

 

              

 最近、「人はなぜ、寂しさに苦しむのか?」との本を読みました。著者は 

脳科学者 中野信子です。 寂しさとは、心の弱さでない。生きるための本能である…と説きます。 アメリカの心理学者ジュリアンによると、肥満より社会的孤立による死亡危険度が高い、と研究結果を示しています。 

寂しさを紛らわそうと、酒やたばこ、ギャンブルに依存して健康を損なう。

 江利チエミが、その例でした。 また心の弱みに付け込み、悪意ある人たちに注意せよと警告します。 

悪徳商法、詐欺、カルト宗教などです。

 寂しさの始まりは、生後3が月から始まると考えられます。 赤ちゃんは24時間、大人から世話を受けなければ、生存できません。 赤ちゃんが寂しさを感じる時は「誰も助けてくれない状態」つまり死と直結するので「傍にいて欲しい」と泣いてアピールできる子の方が、生き延びる確率が高くなる…このように生きるための本能なのです。   

 それで思い出したのですが、私が生まれた時、母は病に罹りましたが、私がすごく大人しかったので助かった…と聞きました。生存率が低くても、この年まで生きられたのは、大いなる恵ですね。

 

 イギリスでは、孤立対策に国が積極的に取り組んでいます。 注目されるのは、「男たちの小屋」です。  定年後の男性が集まり、日曜大工を一緒にやる施設です。 ともにベンチやテーブルを作ることで、人との繋がりや友情が生まれ、生き甲斐となります。 作品を公園や学校に寄付すると、地域とつながり、感謝されて、孤独感の解消に、貢献しています。

 同様に、「カレブの会」や「80代バイブルサロン」の活動も、寂しさを和らげ、心身共に健康に過ごす役割を、大いに果たしているのではないでしょうか!

 

 さて、老いとは、目がかすみ、耳は遠くなり、体も不自由になります。自立生活が難しくなると、教会の先輩方も、多くは施設に移り介護のお世話になります。最後まで自宅で暮らす方は少ないですね。 高齢者がお世話になる施設は、1人暮らしより確かに安全です。 

 私たちが施設に住む、先輩方を訪問すると、共に賛美やお祈りをします。 同じ信者ですから、ごく自然ですが、ご本人は、とても同居の方々に気を使います。 もう少し声を下げて…とかですね。 施設は、その集団の中でクリスチャンは少数派です。 大多数の中で共同生活を送るのですから、当然かもしれません。

 

 

 それで、いつも考えたことは、同じ信仰者同士で暮らせたら理想ではないか。 そこは気兼ねなく、声高らかに賛美も、祈りも共にできる環境、クリスチャンの協同の住まいです。 

「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むとは、なんという幸せ、なんという楽しさであろう」詩篇133:1 の実現です。

 

この何という幸せ、なんという楽しさの理由、訳を考えますと、集団の中で、孤立し、少数派でない事。 同じ信仰、価値観で結ばれた神の家族、 この共同体は、自分にとって、寂しさを遠ざけ、安心できる居場所です。 

 友達とは、気心が知れ、気が合って、対等に交流できる、理解、共感、対等と三つの条件を満たす人は、そう易々と見つかりませんが、この居場所では、友に囲まれた、地上の天国に近いと言えるでしょう。 

 私はクリスチャンが共に暮らせる望みを、求め続けました。 一般に、住まいも様々で、一軒家からアパート、マンションなど共同住宅など在りますが、近年、新しい住み方に「シェアハウス」が都市部から始まっていました。

 「シェアハウス」とは一つの住居に複数の人が、共同で暮らす物件を指す和製英語です。

一般的にキッチン、リビング、浴室、トイレなど共用で使い、プライバシー空間として個室を使用します。  新しいライフスタイルの選択肢として、欧米ではすでに普及していますが、規模も、4~5人の小規模から数十人、百人以上の大規模なものまであります。

 物件も新築から社宅、寮、古民家のリノベーションなど様々です。 中にはシニア専用の物件があります。 介護を必要としないシニア用で、お互い安否の確認や、支え合うことも出来ます。 手すりを付けたり、高齢者が暮らしやすい配慮がされていますから、注目されています。

 

 「シェアハウス」のメリットは、複数で共有するので、家賃が安くなること。共有部に家電や生活用品が揃っていること。 住民同士の交流で、仲間が出来て安心感が生まれる。 人間関係が豊かになることです。 

   デメリットは、同居者の生活リズムに合わないリスクがある。 共用部のルール、掃除の仕方、後かたずけのタイミングなど、自分の習慣、常識が通用しないことがある。 それは話し合いで解決する姿勢が重要です

 「シェアハウス」も教会やクリスチャンが、運営する所が登場してきました。 「神の家族」であるクリスチャンとシェアハウスの相性は、思いのほか良いのかもしれません。 実際のケースを紹介しましょう。

 神奈川県平塚市に、教会が運営するシェアハウス「南カナンハウス」がある。どのように誕生し、日々の暮らしは、どんな様子でしょうか。 富士見キリスト教会の牧師、犬塚契さんは語ります。 

 「教会で過ごす中、信仰共同体と生活共同体が分かれいるような、寂しさを感じてきました。共に信じることは、共に生きる事と、どこかで繋がっていて欲しい。ここの生活は、その二つが重なり合う部分を探す歩みです」と南カナンハウスに住みながら、運営の責任を担っています。 

   現在の入居者は牧師の契さん家族(妻、長男、次男)の他、社会福祉士の詩音さん、高齢者の、信子さんと澄江さんの7名です。  

 日中は仕事や学校、家で過ごしたりと、それぞれ別ですが、朝食と夕食には皆がそろって食卓を囲む。 その日あった事や相談、たわいのない話が話題に上がる。そして日曜日は一緒に教会へ。

 入居者の、信子さんは、特別養護老人ホームから移られました。 同室で暮らす夫に先立たれた寂しさから元気を失い、牧師が訪問するたびに、教会の近くに住みたいと訴えました。

 牧師は、信子さんの家族と教会に相談しながら 南カナンハウスに迎える準備を進めた。  「せっかく特養に入れたのに」という声もあったが、信子さんの想いを尊重した。 

今、信子さんは毎週礼拝に集い、教会の交わりに身を置いている。 ここに「お互いを兄弟姉妹と呼び合うキリスト者の、小さな言行一致」があると牧師は微笑みます。

 

 もう一つの心に残った事例「かあさんの家」を紹介しましょう。

2000年は介護保険が始まった年です。 国はそれまで病院中心だった医療体制から、在宅中心の医療に、急速に大きく舵を切りました。 超高齢化社会を目前にして、医療費が国の財政を圧迫し始め、立ち行かなくなるのが見えていました。 それで十分な説明もないまま、入院期間は短くなり、治癒の見込めない患者は家に帰す展開で、自宅に戻れない人の受け皿も用意されず、戸惑う人も多くなりました。

 さらに、ガン患者や認知症のお年寄りも増えて、「ガン難民」「老々介護」「独居老人」などメディアに溢れるようになりました。 その頃、九州の宮崎には、ホスピスケアの勉強会があり、それが母体となって、ホームホスピス宮崎が発足していました。 

 その活動は、「大切な人を亡くした人の集い」「患者ライブラリィ」など定期的な活動のほか、講演会、ワークショップ、演奏会などを開いて、医療・介護の市民活動に努めていました。

そんな中、自宅に戻れない人をどうすかが問題でした。 ちょうどそのころ、最初の「かあさんの家」となった家主のKさん家族から、相談が有りました。 

 Kさんは一人で住んでいました。 認知症が進み、しばらく息子さんが来て介護していましたが、やはり家族だけでの介護は難しく、仕方なく施設に入りました。 Kさんはオムツを嫌がって脱いでしまうので、部屋を汚してしまいます。 又、夜中にナースコールを何度も鳴らしたり、施設側も対応しきれず、眠剤など薬を投与されました。

 あっという間に介護度が最重度まで上がりました。 介護度とは、要支援1~2、要介護1~5まで7段階あります。 息子さんは虚ろな目で、涎を流す父の姿を見て、「こんな父を放っておけない。でも自宅介護は限界だ」と苦しんだそうです。   その時、空き家を探していると聞き、「この家を使えないか、そこで父も看て欲しい」と相談しました。

 しかし実際始めようとすると、「霊柩車や救急車が出入りするんじゃないか」「認知症の老人がウロウロするんじゃないか」と、近所の人達から不安の声が上がりました。  それで息子さんが説明会を開き、なんとか了承を得ることができました。  Kさんは地域の自治会長をしていたので、信頼があったからでしょう。 「しっかり者のKさんでも、施設に入るようになる。自分たちも行く道だから応援しよう」となったのです。  自宅に戻ったKさんの認知症は、驚くほど改善しました。 日常の表情を取り戻し、食事も普通食になりました。 慣れ親しんだ家で1年半の間を穏やかに過ごし、 最後は家族みんなに囲まれ、看取られて亡くなりました。

 

 さて、人生の最終章、皆さまの、最後の居場所は、どこになるでしょうか? 圧倒的に多いのは病院ですね。 ホスピスや緩和ケアの病院以外は、懸命に延命処置をしてくれるでしょう。

 体が弱ってご飯が食べられなくなると、大清脈に管を入れて栄養補給するIVH方式や胃ろうで直接、胃に栄養を補給します。 呼吸が出来なくなれば、のどを切開して人工呼吸器が付けられる。  昔ならば亡くなっていた場合でも、生きている事ができる訳です。 しかし体中に穴を開けられ、たくさんの管でつながれ、寝たっきりで過ごす。 それが本人にとって幸せな事でしょうか?

 いよいよ最後の時になると、家族は病室から出され、医師は患者の馬乗りになって人工呼吸をします。 いくら延命が医師の務めとはいえ、肝心かなめの時に、家族や大切な人と離されるのは、納得がいきません。  私は、このような別れを選びたくないのです。

 やはり、「かあさんの家」のように、家族や友達に囲まれて、たとえ話せなくとも、吾朗さんから教えられたエンディングサインで感謝を伝えられます。 手を広げて見せれば、本当にありがとう!あなたと一緒の人生は素晴らしかった。…と伝わります。 

 小川吾朗さんが提唱している、「エンディング・サイン」では・・・

勝利のVサインは、い・や・さ・かの祝福を共有するサインです。・は永遠の命、ヤ・は安らぎ、サ・は再会、カ・は完成、が伝わります。

 人差し指を天に向けたサインは「今から主のもとに行きます。また会いましょう。全てを神におゆだねして」の意味です。 かけがえの無い臨終の時を共にすることは、別離の悲しみの中にも、実に多くの希望が共有できます。

              

 このような最終章を望んだとしても、「かあさんの家」のような受け皿が無ければ、選択できません。 そこで、「かあさんの家」実現のために、模索を続けてきました。 この働きには、ドクターや訪問看護師、ボランティアなどチームの力が必要になります。 中でも介護を担うヘルパーさんが大事です。  私は一念発起して、ヘルパーの資格を取り実際の仕事をするまでになりました。

 心優しいヘルパー集団を作るのが目標ですが、何とも遅々たる歩みで、堂々巡りをしている有様です。

 神様も歯がゆく、また不憫に思われたのでしょう。 ある姉妹を通して、同じ志を持つ牧師と教会を紹介下さいました。 その教会は、お年寄りのシェアハウス建設のため、献金と積み立てが始まっていました。 私の、残された時間を考えると、この牧師と教会に協力させて頂き、実現を図るのが、御心だと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          

 

 

     

 

 

      

 

          この機会に、私の心境をまとめることができて感謝です。 

          小さな者に与えられた、大きな望みのために、お祈り頂ければ幸いです。

                               ありがとうございました。 

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​南カナンハウス
​かあさんの家のイメージ
 最後に、私が感銘を受けた牧師の本をご紹介します。ぜひ、お読みになることをお奨めいたします。
男たちの小屋
https://bizspa.jp/post-125266
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  出版:フォレストブック         出版:キリスト新聞社
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​ 市原 美穂著 出版社:木星舎
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日立市きららの里:ホームページから転載
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​管理者:星野隆三

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